研究会詳細
優しさを伝える技術 ユマニチュード
講師 国立病院機構東京医療センター 総合医療内科 本田美和子先生
現在、健康の回復を目指す病院で、高齢者の30%が病気とは別に、入院中に身体機能が低下して退院しているという。また認知症患者の行動心理症状が医療現場の職員を疲弊させているという報告もある。その対策としてフランス人の体育教師2人が生み出したユマニチュードという44年の歴史を持つケアメソッドが注目されている。本田先生はかつてフランスの病院で穏やかな職員の対応が、患者さんを変えることを見て驚いた経験から、日本の医療現場にユマニチュードのメソッドを紹介し、実践に導入された。今回は、現在、本田先生が日々ユマニチュードを取り入れているケアについてお話しいただいた。
ユマニチュードの哲学は、認知症の方が相手でも「あなたは人間でそこに存在している」と伝えることである。ユマニチュードはケアを必要する人なら認知症に限らず、だれでも利用できるケアの方法である。ユマニチュードで大切なことは「あなたは大切な存在です」というメッセージを相手が理解できる形で伝えるケア・コミュニケーションであることである。相手に「あなたは大切な存在だ」とこちらが思っていることがわかるように伝える技術は見る、話す、触れる、立つ(体を起こす)の4つの柱であり、伝え続けることが大切である。
ユマニチュードの有効性を検討したエビデンスを紹介していただいた。臨床現場での変化として、認知症患者を担当する職員の離職問題がフランスでは解消されており、日本ではユマニチュードの技法を実践する職場で働きたいという人が集まってきている。米国では、ユマニチュードを学んだ看護師が働くことで、集中治療室でせん妄を減らす、患者の身体抑制を減らすなどの効果が報告されている。また、他にも認知高齢者の口腔健康の改善、行動心理症状の改善があり、それが職員の仕事の負担感の軽減につながっていた。フランスの研究では薬の使用が減っており、費用対効果が高いことがわかった。本田先生の福岡のプロジェクトから家族介護者の負担も減らすこともわかった。
近年は専門職への教育、病院への導入が進んでいる。2017年から福岡の救急隊の搬送にも役立つなどより広く社会に伝わってきている。ではなぜ有効なのかを検証する学際的な研究チームによる研究を進めている。
社会実装の一例として、福岡市は「健康社会モデル実現のための100のプロジェクト」でのユマニチュードの家族向けトレーニングや、子どもたちに教えることで、やさしい街づくりを実現することにつなげることを目指している。ユマニチュードを市民が学ぶとどうなるか。日本では、一般社会で脆弱な方に出会う機会はますます多くなってくる。ユマニチュードを一度知っておくととても役立ち、経済的効果も高いこともわかっている。ユマニチュードを取り入れることで、働くことに誇りを持つようになり、介護人材の確保にもつながっているなど、ユマニチュードは認知症の高齢者の対応方法だけではなく、科学的根拠を持った人間の接し方であることを示された。
後半の質疑応答では、お金を持った認知症の高齢者が増えていく中、まさに金融機関が脆弱な方にどのように対応するかが問題であり、ユマニチュードが対人サービスのツールとして応用できるのではないか、という議論や、ユマニチュードの思想を組み込んだデザイン、政策の可能性について多くの意見が出された。デジタル社会で人間関係が希薄になっている現在、ユマニチュードは相手にどのように接するか、知っておくべき知識である、と参加者一度認識した。
(文責 佐野潤子)