研究会詳細
福祉の現場における課題に対する取り組み事例の紹介
講師 宇佐市成年後見センター長 弁護士法人太聞法律事務所 弁護士籾倉 了胤先生
我が国では、少子高齢化が進展する中、認知症等により判断能力が不十分な人が増加するとともに、単身世帯の増加や頼れる親族がいない人の増加といった状況がみられる。宇佐市の住民が地域生活を営む上で、認知症等であっても安心して暮らし続けることが出来る社会を実現することを目的とする大分県宇佐市の取り組みが注目されている。2022年2月宇佐市と市内金融機関が業務中、認知症等があると思われる方の手続きの異変等、財産や生命に危機が生じる恐れがあり、地域社会において見守り等が必要な場合に、必要な情報を効率的に提供するための「地域における見守り支援に関する協定」を締結した。利用者に認知症や軽度認知障害の可能性があり、見守りや福祉サービスが必要と思われる場合、金融機関の職員がシートに情報を入力して市などに提供し、支援強化や消費者被害の未然防止などにつなげる。今回は、宇佐市の取組みについて弁護士の籾倉先生よりご報告をいただいた。籾倉先生は福祉現場において特に個人情報の壁について問題意識をもっており、一つの方策として消費者安全法に基づく取組を編み出された。以下、ご講演の概要を紹介する。
原則として施設入所や介護サービスの利用、医療同意、財産活用は本人の同意がないといけない。他方で、福祉の現場においては本人の拒否や、身寄りのない高齢者の(医療同意、支払い、死後事務の担保として機能する)身元保証人不在の問題がある。福祉の現場では認知機能が低下している高齢者をサポートしようとしても、本人の同意を得られずに困る場合が多い。また福祉現場では見守りや支援をするために多職種、多機関における情報共有が必須であるにもかかわらずアプローチの段階で壁になってくるのが個人情報保護法制の存在(個人情報の提供に原則本人の同意を必要とする制度)である。
この問題の解決方策として消費者安全法や社会福祉法に基づくアプローチが考えられ、宇佐市においては、金融機関も含めた消費者安全法に基づくアプローチを考えた。この法律の「情報交換」の条文(消費者安全法11条の4「協議会は前条の目的を達成するため、必要な情報を交換するとともに、消費者安全の確保のための取り組みに関する協議を行うものとする。」)により、金融機関も情報提供と取得ができることになり、見守りや支援の主体性を有することが法的に裏付けられた。当初金融機関が心配していたのは、利用者からのなぜ情報提供をしたのか、というクレームであったが、協定の締結により宇佐市は金融機関も見守りや支援の主体として関与することを明確にしたうえで、情報の提供、不提供に関する金融機関の免責を明らかにして情報提供の判断をしやすくした。また軽度認知障害(MCI)の発見方法がわからないという金融機関窓口の要望に対し、金融機関の窓口担当者が発見しやすくなるよう専門医の監修のもと、MCIチェックシートを作成し、ロールプレイング形式での活用方法の研修を実施している。チェックシートを活用し、金融機関の職員が日々の業務の中で支援が必要な方を早期に発見し情報提供できる体制が整備され、必要な支援を早く施すことが可能になった。
以上のお話をされた後、金融機関では以前から問題になっていた個人情報の取り扱いについて議論があり、すでに宇佐市では籾倉先生のもと、全金融機関を巻き込んで見守りの取り組みが始まっていることに驚いた、今後の全国展開に向けて大変参考になる、など意見が出た。宇佐市の事例をお聞きし、引き続き事例と課題点を把握し、金融機関と福祉団体で連携して実践につなげていくことが必要であると認識した。その際、フィールドとして自治体も重要である。自治体、金融機関、福祉団体の三者がうまくそろった宇佐市の事例から学ぶことが多い講演であった。
(文責 佐野潤子)