研究会詳細

タイトル
第9回FGセンター研究会(2022年08月05日)
言語
日本語
詳細

加齢が意思決定、叡智に及ぼす影響:認知心理学からの検討

 講師 京都大学大学院教育学研究科 楠見 孝先生

 第9回の研究会では思考、言語、記憶に関する教育認知心理学的研究をされている京都大学の楠見先生からこれまでのご研究から多くの知見をご紹介いただいた。

【ご講演要旨】

 本講演では、加齢が意思決定、叡智に及ぼす影響に関する6つのテーマについて、認知心理学から検討を行った。

 「1.加齢が意思決定スタイルの個人差に及ぼす効果」では、意思決定は、加齢に伴って、満足化をめざす、熟慮的で後悔しない意思決定に変化する傾向があることを述べた。 高齢者に対しては、満足化をめざす、熟慮的な意思決定を促すことが、後悔のない決定に結びつく。

 「2.意思決定と幸福感の国際比較」では、 日本人は、幸福感、後悔、最大化、評価-移行モードが諸外国に比べて低いことを示した(図1)。高齢者に対しては、幸福の考え方、意思決定の方略には、文化差と個人差があり、日本人固有の傾向と個人差に配慮が必要であること、金融商品の選択肢の多さが、最大化追求と後悔を引き起こし、満足度、幸福感を下げる可能性があること、「リスクがないこと」が幸福という考えを踏まえた決定支援が必要である。

 「3. 加齢が性格などの個人特性に及ぼす効果」では、 健常高齢者においては、加齢によるポジティブな変化が、性格特性(開放性の向上と神経症傾向の低下など)、自尊心、好奇心、楽観主義、時間的展望などで見られたことを述べた。これらは、社会情動的選択性理論で説明できる。 高齢者の金融行動への示唆として、自尊心が高く、好奇心をもつ高齢者に対しては、丁寧な説明や対応が必要であること、楽観主義的な傾向は、リスクの可能性に着目しない可能性があるので、注意が必要である。

 「4. 加齢が実践知と叡智に及ぼす影響」では、 仕事の熟達化による実践知獲得は、叡智、さらに、幸福感をもたらし、サクセスフル・エイジングにつながることを示した。実践知と叡智を備えた高齢者は、自尊心が高く、批判的思考態度をもつので、個人の熟達分野の経験に結びつけて、新しい情報に焦点をあてた説明や対応が必要である。

 「5. 加齢が時間的展望となつかしさに及ぼす効果」では、加齢によって、高齢者は未来志向と過去肯定の傾向が強まり 過去否定の傾向は低下することを示した。さらに、なつかしさのポジティブな機能として、孤独感を低減し、幸福感を高めることを指摘した(図2)。高齢者は、加齢によって未来志向になり10年、30年先のことも考えること、現在の快楽志向は加齢変化がないため、個人差に配慮する必要がある。

 「6. 高齢者における人物の善悪判」では、 人の善悪判断において、高齢者は、悪い特性の情報の利用が困難で、行動だけに着目する傾向があることを指摘した。したがって、高齢者は、見かけの「良い」行動(親切、贈り物など)だけに着目して、人の悪い特性(詐欺の前科などの評判情報など)を無視して、だまされる可能性があるので注意が必要である。

 最後に、健常高齢者の金融行動を、1-6の加齢による影響の知見を踏まえて、よりよい決定に結びつく支援することが大切である。

 ご講演後、参加者との質疑応答では、「今回の知見を応用し、たとえば金融機関でチェックシートを作成し、顧客が自分の性格や買い物などの傾向を自己評価した上で商品を選べるとよいのではないか」、「研究結果から高齢者には意思決定には熟慮する時間が必要であり、後悔のない決定に導くことが大切である」など活発な意見交換が行われた。